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路地裏バーのからくり書庫(税法)

税法の論点・判例をつまみに,ウィスキーでも飲みながらどうぞ。

役員給与(アメリカ法)5-金額基準2(独立投資家基準)

次は、金額基準の判断に用いられているもう一つの基準である、独立投資家基準についてみていきます。

これは、アメリカ法独自の考え方と言えます。単にそのまま日本法に用いることはできないことに注意してください。

 

 

1 独立投資家基準の具体的内容

Exacto事件第7巡回区控訴裁判所判決[1]は、多要素基準の問題点を指摘し[2]、多要素基準に代えて、「独立投資家基準」を初めて採用しました。これは、自己資本利益率(return on equity)が独立投資家を満足させる程度に維持されているならば支払金額は合理的であると判断するという基準です。この基準は、金額基準の検討において「独立投資家の視点(perspective of a hypothetical independent investor)」を単独で用いる基準、と判決内で述べられていることから、「独立投資家基準」と呼ばれています。

 

前掲Exacto事件第7巡回区控訴裁判所判決は、会社の投資家を財産の所有権者に、会社の経営者を財産の管理者にそれぞれ捉えて、独立投資家基準を説明しています[3]。これを、財産の所有者を独立投資家に、財産の管理者を経営者(被用者ともいう)に捉えなおすと以下のようになります。

すなわち、独立投資家は、投資の際には当然に、投資をどれだけすればどの程度の利益を得られるかや、被用者に給与などを支払った後にはどの程度の利益が残るのかを予測しています[4]。また、独立投資家と経営者との公正な取引の下では、独立投資家は経営者の役務に釣り合う金額以上の金額を支払わないでしょう[5]。支払の結果、会社の利益が少なくなる又はなくなるとすれば、独立投資家はその支払には反対するでしょう[6]。したがって、独立投資家が予測した利益は経営者に彼の役務に釣り合う金額を支払った後の金額を表しており[7]、また利益は給与に偽装されて会社から流用されてはいないと考えられます。

 

独立投資家が予測した利益以上の利益を納税者が保有しているか否かは、自己資本利益率を見て判断されます。独立投資家は、配当だけではなく株価の上昇によっても利益を得る[8]と考えられているからです。

 

2 独立投資家基準の有用性と問題点

多要素基準では、各要素がどの程度重視されるべきかの指針がなかったために、各判決で重要視される要素は異なっていました。ゆえに、多要素基準では、裁判所によって判断が異なることがあり、判断結果は予測不可能だと批判されています。

 

しかし、独立投資家基準は、自己資本利益率は独立投資家が満足する水準以上であるか否かということだけで金額の合理性を判断するというものですから、独立投資家基準は多要素基準よりも簡素である[9]と前掲Exacto事件第7巡回区控訴裁判所判決は述べています。また、独立投資家基準は、多要素基準よりも非常に客観的な基準であるという評価もあります[10]

 

一方で、独立投資家基準自体の問題点として様々な事柄[11]が指摘されています。

その中でも、検討する要素は一つかそれ以上かという点で独立投資家基準と多要素基準には最大の差異がありますが、この差異に関連する問題点は特に重要です。

 

前掲Exacto事件第7巡回区控訴裁判所判決は、独立投資家基準により合理的と判断されてもそれは「仮定」であって「反論」しうる、と述べています。さらにその反論の例として、会社の獲得利益が高くてもそれが当該被用者の努力に帰するものでないこと[12]、会社は事実として給与を意図して支払っていたわけではなかったことなどの目的基準で検討されるべき事柄を挙げています[13]。反論の他の例として、同じく独立投資家基準を用いているMenard事件第7巡回区控訴裁判所判決は、当該役員報酬の金額と他社の役員報酬の金額との比較や、当該役員報酬の金額と同じ社内の他の役員の報酬の金額との比較を挙げています[14]。さらに、「反論」について、前掲Exacto事件第7巡回区控訴裁判所判決は、「要素」であると述べています。

 

以上のように、独立投資家基準により合理的と判断されても多要素基準や目的基準で検討する要素を主張することにより支払金額は不合理だと反論しうると認めているのです[15]。したがって、前掲Exacto事件第7巡回区控訴裁判所判決を含む5件の判決は、独立投資家基準を採用すると述べつつも、実質的には多要素基準を採用していると考えられます。

 

また、金額基準の検討においては、独立投資家基準ではなく多要素基準を採用した判決が多数を占めています[16]が、多要素基準を採用した判決の多くは、要素の一つとして独立投資家の視点を用いています。これは、独立投資家の視点は有益であると認めつつも、独立投資家の視点のみで金額基準を検討することは不適切であると考えられているからだと思われます。

 

 

[1] Exacto Spring Corp. v. Commissioner of Internal Revenue, 196 F.3d 833 (7th Cir. 1999). 本判決を紹介するものとして、渡邊充「アメリカにおける役員報酬の税務評価」総合政策論集1巻2号23-24頁(2002年)があります。

[2] Exacto Spring Corp., id. at 835-38.

[3] Exacto事件第7巡回区控訴裁判所判決は、会社の投資家を財産の所有権者に、会社の経営者を財産の管理者にそれぞれ捉えて、独立投資家基準を説明しています。すなわち、管理者は所有権者の利益のために働くが、この、管理者の生み出す所有権者の利益は、会社の投資家の投資に対する収益率と捉えることができる。管理者が利益を上げるということは、管理者の役務が挙げたぶんの利益だけ管理者の役務の価値が高くなるということであり、これはより多額の支払が合理的と考える主張を支える根拠となりうる。また、利益獲得に非常に貢献した管理者を辞職・減給、あるいは前の管理者よりも利益の獲得に貢献しない役務の価値が低い管理者と交代させたなら、支払は少なくなるが同時に利益が小さくなるということであるから、所有権者にとっては損であるとします。 Id at 838.

 このような説明は、会社法の発展過程を背景にしたものと考えられます。すなわち、当初は、会社は、資産の所有者が自ら資産を運用して利益を獲得する手段であったが、次第に所有と経営が分離していきました。同時に、私的な資産を所有し資産の運用利益獲得を依頼する株主、すなわち投資家と、資産の運用利益獲得を依頼された取締役、すなわち経営者との関係を基本に会社法は発展していったのです。See Note, Executive Compensation in Close Corporations: The Need for a Modified Judical Approach to the Reasonableness Test, 1972 Duke L. J. 1251, 1252 (1972).

[4] See William Barnard, The Unreasonable Compensation Issue Rises from the Dead and Takes on the Independent Investor, 93 J. Tax’n 356, 358 (2000).

[5] Herman Stuetzer, Jr., Reasonable Compensation, 25th N.Y.U. Ann. Inst. Fed. Tax’n 491, 492 (1967); Arthur J. Dixson, Planning Reasonable Compensation, 19th N.Y.U. Ann. Inst. Fed. Tax’n 181,182(1961)..

[6] Charles A. Barragato, Sustaining a Deduction for Reasonable Compensation, 61 CPA J. 10, 13 (1991).

[7] See William Barnard, The Unreasonable Compensation Issue Rises from the Dead and Takes on the Independent Investor, 93 J. Tax’n 356, 366 (2000). See also Alpha Medical, Inc. v. Commissioner of Internal Revenue, 172 F.3d 942, 949 (6th Cir. 1999).

 独立投資家基準は、多要素基準のように役務の経済的価値を直接測定するものではなく、市場における独立投資家の判断によって支払が合理的かを判断するものであるため、このような意味で、Exacto事件第7巡回区控訴裁判所判決は、独立投資家基準を「間接的な市場基準」と言っています。 Exacto Spring Corp., 196 F.3d at 838。

[8] See Barnard, id at 358; Lawrence R. Duthler, The Independent Investor Test: The Latest Test in the Search for Reasonable Compensation Is Blurred in the Second Circuit, 45 Wayne L. Rev. 1953, at 1971-73(2000).

[9] Exacto Spring Corp., 196 F.3d at 838.

[10] Wilfred H. Heitritter, Exacto Spring Corp. Breaks New Ground in Reasonable Compensation, The Tax Adviser 222 (April. 2000).

[11]本文で紹介している問題点以外には、以下のような問題点があります。

第1に、財務省規則は報酬の合理性は契約締結時を基準として判断しなければならないとします(Treas. Reg. § 1.162-7(b)(3))が、独立投資家基準は被用者が義務を果たし給与が支払われた後を基準として合理性を判断するものであるということが指摘されています。 Heather L. Hathaway, Determining the Deductibility of Executive Compensation: Exacto Spring Corp. v. Commissioner, 53 Tax Law. 919, 927-28 (2000).

第2に、自己資本利益率は、同じ会社でも異なる数字が算出されるかもしれないということが指摘されています。 Duthler, supra note 8, at 1971-72. すなわち、自己資本利益率は、当期純利益を株主資本で除し100を掛けて算出しますが、会社が資金調達の手段として追加投資と借入れのどちらを用いるかによって自己資本利益率が変わってきます。また、株主資本は、株式の買い戻し、損金処理、企業再編の負担金により、日々影響を受けています。さらに、会計基準の変化によっても影響を受けます。

第3に、未だ合理的な自己資本利益率を示しながら、会社が被用者に不合理に高い報酬を払いうる場合はありうると指摘されています。 Id. 例えば、会社が平均500万ドルの利益を得ており、この結果として自己資本利益率が40%となった場合を考えましょう。もし会社が従業員株主に追加的に100万ドルを支払ったなら、株主資本利益率は32%に減少するでしょう。この場合、従業員株主に支払った報酬は法外に高いですが、自己資本利益率は未だ合理的と考えられるのです。

第4に、自己資本利益率が十分であるとしても、会社の従業員が2人以上いる場合には、会社の十分な自己資本利益率に貢献したのは当該被用者かそれとも他の者かがはっきりしない、ということが指摘されています。 E. J. Harrison & Sons, Inc. v. Commissioner of Internal Revenue, 91 T.C.M. 1301, 1304 (2006).

第5に、十分な自己資本利益率は当該被用者の努力によるものか、それとも他の原因があるのかを検討するとしていますが、この点につき、十分な自己資本利益率の原因を正確に示すことは困難だということが指摘されています。 Hathaway, id. at 925.

[12] Exacto Spring Corp., 196 F.3d at 839.

[13] Id.

[14] Menard Inc. v. Commissioner of Internal Revenue, 560 F.3d 620, 623(7th Cir. 2009).

[15] See Jason L. Behrens, What Is Reasonable Compensation for Deduction Purposes? Two Tests Exist but Neither Paints a Clear Picture, as Evidenced in Devine Bros. v. Commissioner, 57 Tax Law. 793, 801-02 (2004).

[16]多要素基準を採用する判決が多い理由として、Golsen Ruleがしばしば挙げられます。 See e.g., Eberl's Claim Serv., Inc. v. Commissioner of Internal Revenue, 249 F.3d 994, 1003-04 (10th Cir. 2001). Golsen ruleとは、Golsen事件租税裁判所判決(Golsen v. Commissioner of Internal Revenue, 54 T.C. 742, 756-57(1970))で言及されたものであり、租税裁判所は納税者が上訴することのできる控訴裁判所の見解にのみ従わなければならないというものです。 See also Darby Hildreth, Survey Comment: Recent Developments in Tax Law in the Ten Circuit, 79 Denv. U. L. Rev. 411, 430 (2002).