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租税判例百選[第5版]1(租税判例百選[第4版]1)憲法と租税法―大島訴訟(控訴審判決)

大島訴訟,控訴審判決です。

 

 

控訴審判決〉控訴棄却

旧法の給与所得課税規定が不公平であるとの主張について

について

「1 必要経費実額控除制度の不存在

控訴人は,給与収入を得るためにも経費の支出を要するので,給与所得についても事業所得の場合と同様に,必要経費の実額控除を許さなければ不公平である旨主張する。なるほど本件課税規定は,他の所得ことに事業所得課税規定と異り『経費実額控除』を許す明文がない点において,法文上に差異のあること明らかである。そこで,この差異が果たして合理的理由のない差別に該るか否かを判断する。

(一) 事業所得の必要経費と家事費

右の必要経費とは,いわゆる源資を減少させる支出であり,かつ財貨の獲得を最終の目的とした支出であり,その後に発生する具体的収入との間に経済的因果関係ないし代償関係を有する支出である。

(1) 源資からの支出と支出目的

人はその所有する財産を直接に生活の資料として消費するほか,その増殖のために資本として利用する。この増殖のための財産(資本)がここにいう源資である。必要経費は,右源資からの支出であるから,源資のないところに必要経費を生ずる余地はない。

また,必要経費は,殖産に必要な財貨の獲得をもつて終局の目的とした生産的支出である。右のような財貨獲得とは関係のない支出すなわち生活の利便を目的とした支出や趣味・嗜好を目的とした支出は,消費的支出であるから,それがいかに多額であつても後述の家事費であり,右の必要経費には該当しない。

(2) 家事費・家事関連費

理論的には,まず財貨の獲得という目的が設定され,それに沿う必要経費の支出(源資の減少)が先行し,それが原因となつて,収入たとえば事業収入を生じ,収入が源資の減少額を補つて余りがある場合に所得(経済的利益の増加)を生ずる。

したがつて,右所得の処分にすぎない家事費の支出と源資からの支出(必要経費)とは全く別異のものであるが,現実の問題としては,この両者を判別することが困難なこともある。その事業を営むため,すなわち収入を終局の目的として直接あるいは間接に支出を余儀なくされたもののみを必要経費となし,それ以外の支出はすべて支出者の生活費すなわち家事費とみるのが相当である。

なお,事業者による一個の支出が,その一部は明らかに業務上も必要であつたけれども,他の一部は事業者個人の生活上にも必要であつたという場合がある。これが「家事関連費」であるが,この場合は,業務と家事と双方の必要度を比較勘案し,それに応じて同支出を必要経費部分と家事費部分に按分し,いわゆる必要経費控除を許すのが相当である。

したがつて,必要経費控除が許される事業所得者等は,その業務に関する支出につきすべて経費としての控除が許されるため,いわゆる生活費として支出を余儀なくされる家事費中に,職業に関する支出が含まれることは殆どない。このこととの均衡から,後述のサラリーマンの職業費について非課税(正確には職業費同額の給与収入の非課税。以下同じ)の要望が生ずるのは当然の事理である。

(3) 源資の不可侵

所得税は,いわゆる所得に対してのみ課税することが可能である。前述の源資に対する所得課税は絶対に許されない。したがつて,右の必要経費(源資減少)がある場合には,収入から右経費全額を控除してまず源資を回収し,残された所得(経済的利益の増加分)に対してのみ課税することが許される。もし,事業所得課税規定中に,経費全額控除を制限していわゆる定額控除を強制する趣旨の特別規定を新たに附加したとするならば,同特別規定は,控除を許されない必要経費を発生させ,『所得がないのに所得税を賦課する』という不合理(源資の侵害)を惹起する。このような特別規定は事業所得税の理念に背反し,財産権を不当に侵害するものとして,憲法二九条に違反するこというまでもない。

(二) サラリーマンの必要経費

いわゆるサラリーマン(労働契約にもとづいて従属労働に従事する者。以下同じ)がその属する社会で,自己の地位の維持向上を図るためにはその地位に相応する各種の支出が必要である。すなわちサラリーマンは,他の納税者と同様の通常の生活費のほかに,その職務ないし職業のため,あるいはこれに関連して相当額の費用を負担するのが常である。これがサラリーマンの必要経費と呼ばれるものであり,多種多様の支出を含んでいるが,その支出目的からみて労働授受に関する立替金支出

といわゆる職業費との全く異質のものに区分される。

(1) 労働授受に関する立替金支出

サラリーマンは従属労働者(労基法九条参照)であり「労働を給付する」ことのみを要求され,しかも,その労働給付が終つたのち,ようやく対償たる報酬(労基法一一条,民法六二三条)すなわち賃金の収受が許されるにすぎない(民法六二四条)。したがつて,労働法規上では,サラリーマンは,いわゆる源資を所持しておらず,かつその労働給付終了に至るまで報酬(賃金)の所得を許されない無一物者であるから,その労働終了までの間に,使用者による労働の受領を可能にするため,あるいは労働の功率を高めるため等の諸経費が必要になつたとしても,これをサラリーマンが支出することは不可能である。そのため労働法規としては,労働の授受に関して支出を余儀される諸経費の負担につき,源資を所持する使用者(労基法一〇条)に対し,常にその全額を支弁すべき旨命じているものと解される。

もつとも,現実には,サラリーマンがたまたま保有していた源資をもつて,右のような諸経費たとえば用務地への出張費や得意先の接待費等を立替えて支払うことも尠くはないが,このような場合,その支出者は,いわゆる源資の回収すなわち立替支出に対するその補償を期待しながら支出するのが常であるから,右諸経費の本来の負担義務者である使用者としては,何らかの方法で,かつ遅滞なくその立替金を償還すべきこと勿論である。

右のように労働授受上の諸経費は,もともと使用者が負担すべきものであり,したがつて,サラリーマンが何らかの事情によりこれを支払つた場合には,源資による立替払いとなり,それに因つて生ずるであろう同額の回収金(費用償還金)との間に,前述の必要経費の関係を生ずること疑いはない。

(2) 職業費(本質的には職業生活費)

サラリーマンは,その所得に応じた通常の生活費(事業所得者の家事費に該当)のほかに,その職務ないし職業に関連し,右立替支出以外に各種の費用すなわち職業費を支出するのが常である。一般にサラリーマンは,将来長期間に亘りかつ継続して自己の労働を有利に提供できるよう常に自己啓発に努めそのための研修費等を負担しており,また自己の労働環境を快適なものにするための社内交際費等を負担するほか,従属労働者の地位向上のためにも若干の費用を支出している。これら多種多様の支出(立替支出を除く)を一括して「職業費」と呼ぶのであるが,これと前述の立替支出との差異は次のようなものである。

(イ) 右立替支出は,使用者による具体的な特定の労働受領に関して発生する。したがつて,この立替支出を怠れば,当該労働の授受が不可能になるかあるいは特定の労働の功率が相対的に低下する。これに反し,職業費は,特定の労働授受とは関係がないため,この費用を全面的に廃止しても,使用者が「特定の労働の給付を受ける」につき,別段の支障を来さない。要するに右立替支出は主として使用者の利益のために行われるのに対し,職業費は,その支出者の利益のために支出される。

(ロ) 右立替支出は,その補償を期待され源資から支出される。そのためそれに因つて生ずるであろう収入金(費用償還金)から必要経費として控除され,結局源資の回収が許されなければならない。これに反し,職業費の支出は,財貨の獲得を終局の目的としたものではなく,源資の減少は生じないから,同支出は,労働給付によつて取得した所得(賃金)の処分にすぎないものと解される。この職業費が事業所得における前述の必要経費と全く異質のものであることはいうまでもない。

したがつて,右職業費は,サラリーマンにのみ特有の支出であり,本質的には一種の生活費(家事費)すなわち職業生活費であるが,もとより全廃することは事実上不可能なため,税法上で給与所得金額の算定方法を規定する場合には,他の所得税納税者との負担の公平を図る方法として,すくなくと4右職業費中の適正部分を下廻らない金額を,給与収入から控除し,いわゆる適正職業費の非課税を図ることが必要である。

(三) サラリーマンの給与収入と立替金の償還金収入

サラリー,マンは,使用者のため従属労働に従事し,時として前述の立替金を支出することがあるため,使用者から次のような金品の支払を受けるのが常である。

(1) 労働の報酬である給与収入

サラリーマンは,その給付した従属労働に対する対償として賃金等の給与を受けているところ,これが旧法九条一項五号に規定する給与所得である。労働者は,これを収受するにつき,労働を給付する以外には何らの不利益も強いられないから,右給与収入について,そのための「必要経費」を考慮する余地はない。右賃金等すなわち給与収入額はその全額が直ちに講学上のいわゆる「所得(経済的利益の増加)」に該当する。

(2) 費用償還金である一時収入

サラリーマンは,自己の源資をもつて労働授受に関する経費を立替えて支払うことがあり,その場合は,立替金に対する費用償還金を収受する。これは,前述の給与所得ではなく,旧法九条一項九号に規定する一時所得に係る収入に該当すると解されるが,常に同額の必要経費を支出しているため講学上の所得(経済的利益の増加)を生ずる理由はなく,したがつて同償還金収入は常に非課税であり,これに対し所得課税をなすることは許されない。(なお,サラリーマンが職務上の特定の支出に充てる目的で使用者から金員の前渡しを受け,その全額を右目的どおりに支出したときは,同金員の前渡しにつき所得の有無を論ずる余地はない。)

(四) 償還金収入の非課税と本件課税処分

前述の立替払いに対する費用償還金収入は,すでに同額の必要経費を支出しているため,同収入の全部あるいは一部を所得となし,これに課税することは許されない。そのため,控訴人の自認する本件給与収入一七〇万円余の中に,前述の費用償還金収入が含まれているとしたならば,その限度において本件課税処分は違法となり取消を免れないというべきである。そこで,控訴人の本件給与収入の中に,前述の償還金収入が含まれているか否かを判断する。」

「原審における控訴人本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によると,」控訴人の勤務先A大学は,「控訴人をして『研究・講義等の業務』に従事させその労働を受領するに当り,本来は,同大学で調達し控訴人に使用させるべき研究資料等の一部を控訴人の自費で調達させ,そのため相応な額の費用償還債務を同人から負担したことが推認できる。しかし,同大学がこの債務をどのような方法で消滅させたかは明らかでなく,殊に同償還債務弁済金を「給与」の名目をもつて控訴人に支払つたことを認めるに足る資料はない。

したがつて,控訴人は右償還金収入の非課税を理由に,本件課税処分の取消を求めることは許されない。」

「(五) 給与所得控除制度

サラリーマンがいわゆる必要経費を支出して収受する費用償還金収入が給与所得に該当せず一時所得に係る収入に該ること,またその給与収入についてはいわゆる必要経費を考慮する余地がないことはすでに説示したとおりである。したがつて,本件課税規定の中に,サラリーマンの給与所得を対象とした必要経費控除制度を設けることは論理的に不可能である。もつとも,この給与収入の中から,前述の職業費実額を控除する方法により給与所得の額を定めること,すなわち職業費同額の給与を非課税とすることは,一種の所得控除であり,政策論としては可能であるけれども,この実額控除を給与所得控除制度と共に採用することは後述のとおり相当ではない。

そこで,それ自体「講学上の所得」である給与収入をそのまま「税法上の所得額」とする旨規定しても,いわゆる源資不可侵の原則には抵触しないのであるが,しかし,近時の所得税法は次のような事情から他の所得税納税者との負担の公平を図るため,給与収入の一部を非課税とする制度すなわち給与収入に特有の給与所得控除制度を設けている。

(1) 給与所得は他の所得に比しいわゆる担税力が弱いため,これを調整する必要がある。

(2) サラリーマンは,通常の場合,その地位と収入に応じて職業費を支出しているところ,それはいわゆる必要経費に該らないため法的には回収できないという不利益を受けている。他の所得たとえば職業費を必要としない不労所得や家事費以外の全支出を必要経費として控除している事業所得等との均衡上,右の不利益を調整する必要がある。

(3) 給与所得の捕捉率はほぼ完全に近いと言えるのに反し,その他の所得の捕捉率は,比較的に低いと言つても誤りではない。

この捕捉率の格差が給与所得者に対し法律上の不利益を与えているとは断定できないが,しかし,控訴人のようなサラリーマンの多数に対し不平等感や重税感を抱かせ,その納税意欲を減殺させている。このような結果を防止する必要もある。

(4) 給与収入は,源泉徴収であるため他の所得税たとえば事業所得税よりも早期に納付しなければならない。この納期の差から生ずる金利の差額について,給与所得者の負担軽減を図る必要がある。

前記の各必要に応ずるため,旧所得税法は,給与所得控除制度を設け収入の一部を控除して非課税となし,給与所得者とその他の所得者との税負担が実質的にみて均衡を保持するように努めている。したがつて,同控除制度は単に機械的に所得額を算出するための経費控除制度ではなく,既に算定されている講学上の所得から所得税法上において公平かつ妥当と評価し得る所得額を算出するための極めて政策的な控除すなわち給与所得に特有の「一種の所得控除」に該るものと解される。

(六) 給与所得控除制度と適正職業費の非課税

(1) この控除制度と撰択的に,前示職業費の実額控除制度を設けることは,立法的には可能である。しかし,右職業費の支出は極めて恣意的でその膨脹と収縮は殆ど支出者自身の自由であるうえ,一般生活費との区別が極めて曖昧なこともあり,この実額控除を容認すると徴税事務の著しい輻輳を来すほか,多額の職業費支出に堪え得る裕福者ほど非課税給与部分が多額となり納税額が僅少になるという不合理を惹起する危険もある。したがつて,今ただちに職業費の実額控除制度を設けるのは適当でない。

(2) しかしこのことは,立法府による給与所得控除額の決定が恣意的であることを許す趣旨では決してない。広汎な裁量権を有する立法府といえども,同控除制度を設けた目的に従い,その他の所得と比較し給与所得のみが不当な重課税を受けることのないよう,右控除額を,すくなくともサラリーマンの職業費中の適正部分を下廻らない額に決定し,かつその状態を実質的に維持しなければならないものというべきである。

なお,右職業費中の適正部分すなわち適正職業費の額は,個々のサラリーマンの能力やその従事する業種・職種とは関係がなく,ただ給与収入額に対応し,一般的には,同程度の給与収入を有するサラリーマンがその一年間に支出するであろうと予想される職業費のうち,すべての観点たとえば社会状勢や経済状勢等の全事情を綜合的に検討して,適正妥当と評価し得る年間予想支出額と同額であると解される。

(3) したがつて,サラリーマンは,職業費実額の控除(実額非課税)を求めることはできないが,しかし,他の所得税納税者との間に実質的に平等な所得税の負担を期するため,憲法一四条にもとづき,国に対し,給与所得控除額を,適正職業費を下廻らない額に定めそれを実質的に維持するよう求める権利すなわち常に適正職業費の非課税を求める権利を有すると解するのが相当である。言い換えると,サラリーマンは,通常の場合,自己の職業費支出を給与所得控除額(原則として適正職業費以上である)の範囲内に縮減することができ,そのように支出縮減をすることにより職業費実額控除制度を実施した場合と同一の利益が受けられるのであるが,仮に職業費支出の急激な増大を余儀なくされ,その結果,右職業費支出を前記控除額の限度に縮減することはもはや相当でないという事態を招いたような場合には,サラリーマンとしては,まことに至難であるけれども,自己と同程度の給与収入を有するサラリーマン一般の現実の職業費支出額や物価上昇率その他の資料によつて,適正職業費の額を調査し,それが給与所得控除額を明らかに超えているという場合には,憲法一四条にもとづく不当な差別の廃止請求として,右控除額に拘らず,明らかな適正職業費全額について,その非課税を求めることができるものと解される。

(4) ところで,控訴人の本件給与収入一七〇万円余に対し,本件課税規定における給与所得控除額は僅かに一三万五〇〇〇円にすぎないから,同控除額が果して右収入に相応する適正職業費年額を下るものではないと言えるか否か甚だ疑問ではあるが,控訴人の全立証によるも,右控除額を超えるところの適正職業費額を認定することは困難である。したがつて,控訴人の本訴の主張が右にいう適正職業費の非課税を求める趣旨を含んでいるとしでも,未だ右適正費用額の証明が充分でなく採用できない。

以上にみたとおり,サラリーマンの給与収入はその全額が講学上の所得であるため「必要経費」とは親しまないものであり,また労働授受に関する立替金の支出も,その償還金収入のための必要経費にすぎず,給与収入を得るための必要経費ではないから,本件課税規定において,必要経費実額控除制度が存在しないのは当然である。また給与所得控除制度が設けられていることを考慮すれば,職業費実額控除制度が存在しない点にも十分の合理性が認められるから,「経費控除制度がないこと」を理由に,本件課税規定を不公平とみる控訴人の主張は理由がない。

2 捕捉率の格差

控訴人は,給与所得と事業所得の間には,いわゆる捕捉率に著しい格差があるため,給与所得者が不利益を蒙り不公平である旨主張するので,これについて判断する。

(一) 給与所得の場合には,その総収入を把握することが容易であり,かつ必要経費が存在しないこと前述のとおりであるから,その捕捉率は,ほぼ完全に近いと言つても誤りではないと思われる。これに対し事業所得の場合には,収入の一部を秘匿することが容易である場合が多いほか,必要経費につき多少の水増しをすることも可能であると言えるから,その者が脱税を意図する限りその所得を正確に捕捉することすなわち脱税を完全に防止することが困難なため,そこに格差を生ずることは十分考えられるところである。

そこで,捕捉率に格差が生じ,しかも同格差は将来もなお永続することも考えられるのであるが,本件の場合,この格差の程度いかんを論ずることは必ずしも必要ではない。本件においては,格差の存在により被つている控訴人のような給与所得者の不利益が果して法律上のものであるか否か,すなわち法の保護に値するか否かを先ず判断することが必要である。

(二) 右格差が控訴人を含む多数の給与所得者に対し,何らかの不利益感たとえば「事業所得者は脱税をして利得しているのに,給与所得者は脱税ができない。これでは正直者が損をする。」との感情を抱かせ,更に不平等感や重税感をも抱かせていることは考えられるにしてもこのような感情を余儀なくさせたからといつて,このことは,未だ控訴人の法益を侵害したものには該らないし,また右格差の存在が控訴人に対し,財産上において何らかの具体的な不利益を負わせていることを認めるに足る資料もない。

したがつて,右格差の存在は,感情論としてはともかく,未だ控訴人に対し,何ら法的不利益を及ぼしてはいないから,右格差を根拠に,それが本件課税規定を不公平にしている旨の控訴人の主張は,その余の判断をするまでもなく理由がない。

3 租税特別措置

控訴人は,租税特別措置すなわち医業・歯科医業を営むものの受ける社会保険診療報酬の所得計算の特例等五箇の租税特別措置は,それらに該当する所得のみを不当に優遇し,給与所得者に対し著しい不利益を負わせており,不公平である旨主張するので,判断する。

(一) 前記特別措置の中には,いわゆる不公平税制と呼ばれるものがあり,本件課税当時すでにその妥当性の喪失等を理由に改正あるいは廃止が論議されていたものをも含んでいること明らかである。

(二) そこで,これら特別措置の存在する結果として,給与所得者である控訴人が不利益な課税を受けたと感じたり,あるいは不平等感や重税感を抱いていたことは明らかであるけれども,しかし,このことが未だ控訴人の法益を害したものに該らないことは,前述2(二)の捕捉率の格差の場合と同様である。なお,これら特別措置が控訴人に対し,財産上において何らかの具体的不利益を負わせたことを認めるに足る資料もない。

したがつて,右特別措置は,感情論は別として,給与所得者である控訴人に対し,未だ何らの法的不利益をも及ぼしてはいないから,右の特別措置が本件課税規定を不公平なものにしている旨の控訴人の主張は,その余の判断をするまでもなく理由がない。

以上に述べたとおり,1経費実額控除制度の不存在は,給与所得の性質からみて合理的な「差別」であり,また2捕捉率の格差 3租税特別措置の各存在は,未だ控訴人の法益を侵害せずいわゆる「差別」には該らないから,本件課税規定が給与所得者に殊更重税を課して不当に差別する不公平な規定である旨の控訴人の主張はすべて理由がない。

なお,右の結論は,すでに発生している所得捕捉率の格差やすでに妥当性を失つている租税特別措置を,そのまま放任してもよいという趣旨では決してない。国としては,控訴人のようなサラリーマンの多数が抱いている不平等感や重税感を和らげるため,いわゆる不公平税制の是正を強力に推進するにもちろん,その罰則の強化を含め徴税技術の向上に尽力して所得の捕捉に万全を期すると共に給与所得控除額の適正化等についても常に格段の意を払わなければならない。

三 租税法律主義に違反するとの主張について

控訴人は,本件課税規定が租税法律主義に違反する旨主張するので判断する。租税法律主義とは,租税債務を具体的に発生させる要件は細大もらさずいわゆる法律をもつて規定しなければならない,ということである。言い換えると,その法文を読むだけで直ちに納税義務者が明確となり,その租税額も容易に算定できなければならない,ということである。本件課税規定はこの要件を満たしており,本件課税規定だけで,すべての給与収入に対する所得税納税義務者とその税額を明白にすることができるから,いわゆる租税法律主義に適合していること疑いはない。仮に,控訴人のいうように,給与収入にも事業収入の場合と同質の必要経費があるとすれば,その全額控除を容認しない本件課税規定は,所得がないのに所得税を賦課する危険を生じ,あるいは事業所得課税規定との間に不公平を生ずる危険があること勿論ではあるけれども,このことは,租税法律主義とは関係がない。なお,給与収入についていわゆる必要経費の存在する余地がないことは前述した。

したがつて,本件課税規定が租税法律主義に違反する旨の控訴人の主張は理由がなく,採用できない。」