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路地裏バーのからくり書庫(税法)

税法の論点・判例をつまみに,ウィスキーでも飲みながらどうぞ。

租税判例百選[第5版]85(租税判例百選[第4版]84) 仮名記載と仕入税額控除

東京地裁平成9年8月28日判決(行政事件裁判例集48巻7・8号600頁)

 

〈事案の概要〉

Xは医薬品の卸売業を営む会社であり,多くの仕入先とは現金による取引を行ってきた。Y(税務調査)がXの税務調査を行った結果,Xの仕入帳に記載された仕入先の氏名または名称が仮名であることが判明し,この仕入帳は消費税法30条7項の「帳簿」に該当しないとしてこの仕入帳に記載された仕入につき仕入税額控除を認めず増額更正処分を行った。そこで,Xはこの処分の取消を求めて出訴した。

 

 

〈納税者Xの主張〉

「(一) 法三〇条八項の規定は,仕入税額控除の適用要件ではなく,次の点に照らして,一般的な帳簿の備付義務(法五八条)に対応して一般的記帳義務における帳簿の記載事項を定めたものと解すべきである。したがって,帳簿に課税仕入れの相手方の真実の氏名又は名称が記載されていなくても,課税仕入れの事実を認めることができるものであれば,仕入税額控除が認められるべきである。

(1) 一般的記帳義務における資産の譲渡に関する記載は政令,大蔵省令に委ねられているところ(法五八条,令七一条一項),その内容は法三〇条八項一号に掲げる課税仕入れに関する事項と同様であること」「(2) 一般的記帳義務は課税仕入れにも及ぶが(法五八条,令七一条一項),令の委任を受けた規則にも記載事項の定めはないから,結局,法三〇条八項が一般的記帳義務における課税仕入れに関する記載事項を定めたものと解されること。(3) 法三〇条七項は,仕入税額控除の要件として帳簿等の保存を規定するものであって,課税仕入れに係る帳簿の記載を仕入税額控除の要件とするものではないこと。(4) 中小事業者の仕入れに係る消費税額の控除の特例(法三七条。以下「簡易課税制度」という。)を選択した事業者は,仕入れに係る対価の返還等について記帳義務を免れるにすぎず,課税仕入れを含めた一般的記帳義務(法五八条,令七一条一項)は免れず,また,右事業者も法三〇条一項の適用がある場合に仕入税額控除を受け得るものと解すべきであるから,同条八項の規定は右事業者の記帳にも適用されるところ,右事業者については帳簿の保存なしに仕入税額控除を認めているというのであるから,同項は一般的記帳義務の内容を規定しているものと解されること。(5) 再生資源卸売業等に係る課税仕入れについては,記帳事項のうち,相手方の氏名又は名称の記載を省略することが認められている(令四九条一項)が,これらの事業者にあっては特定少数の者からの課税仕入れについても右記載の省略が認められるのに,現金問屋等の不特定少数又は多数の者から課税仕入れを行う事業者について課税仕入れの相手方の氏名又は名称の記載の省略を認めず,真実と反する記載については仕入税額控除を認めないとすることは課税の公平を著しく害する」こと。

「(二) 被告の主張によれば,法三〇条七項及び八項は納税者から仕入税額控除という利益を奪う権利侵害規定ということになるが,かかる趣旨であれば,一般規定とは別に要件を明確に法定すべきであり,本件についていえば,真実の氏名又は名称とは何か,真実であることの確認手続,その確認手続を履践したが真実の記帳をすることができなかった場合の効果を法律に明記すべきであり,これら明文の定めがない以上,右各条項は租税法律主義又は課税要件明確主義に違反する。そして,仕入税額控除が否認されるおそれがある課税仕入れにつき消費税の支払義務を課していながら,一方で,支払った課税仕入れに係る消費税の控除を認めないというのであれば,法による国民の財産権の不当な侵害であって,法三〇条七項及び八項は,憲法二九条に違反する。

(三) 被告の主張のように法三〇条八項を仕入税額控除の要件規定と解する立場にたつのであれば,仲間取引以外の取引に係る課税仕入れの事実が認められる限り,現金問屋等の不特定の少数又は多数から課税仕入れを行う事業者については,再生資源卸売業等の範囲に含めるという解釈を採用するか,真実の氏名又は名称を確認する方法がないことによる記載につき,法三〇条七項ただし書の『やむを得ない事情』があるものとして帳簿保存義務の宥恕を認めるべきである。」

「全国の不特定多数の事業者からの仕入れを予定してチラシメールにより仕入れを行っている原告のような業態は,顧客のほとんどが一見の客であり,これらの者が原告に名乗った氏名又は名称が真実であるか否かは知る由もない。右のとおり,原告は不特定かつ多数の者から仕入れを行っているのであるから,令四九条一項に規定する再生資源卸売業等と同様に帳簿への課税仕入れの相手方の氏名又は名称の記載は省略できると解するべきである。」

 

 

〈税務署長Yの主張〉

「(一) 法三〇条七項の規定は,仕入税額控除が認められる要件として(1)課税仕入れ等に係る消費税額が真実存在することと共に,(2)法定の事項を記載した仕入税額控除に係る帳簿等が納税者により保存されていることを必要としていると解すべきである。そして,法が課税仕入れに係る帳簿等の保存を仕入税額控除の要件としたのは,課税仕入れ等に係る消費税額に関する申告の正確性を担保するためであるから,帳簿に記載すべき課税仕入れの相手方の氏名又は名称(法三〇条八項一号イ)は真実の記載であることを要するというべきである。

(二) なお,法三〇条八項一号イが「氏名又は名称」と規定し,「真実の氏名又は名称」と規定していないのは,同条項の解釈上,右規定が真実の氏名又は名称を意味することが明らかであるからに過ぎず,また,本人確認制度を導入しなかったからといって右規定が真実の氏名又は名称の記載を要求していないことにはならないから,このことをもって同条項が租税法律主義,課税要件明確主義に反することにはならない。

法三〇条七項が,仕入税額控除に係る帳簿等の保存を仕入税額控除の要件とし,帳簿方式による仕入税額控除の方式を定めているのは,消費税が消費者からの預り金的性格を有し,課税仕入れに係る適正かつ正確な消費税額の把握が要求されることから,真に課税仕入れに係る消費税が存在するかどうかを確認する必要性があることに基づくものであり,また,帳簿等を保存していないことについてやむを得ない事情があることを事業者が証明すれば,帳簿等の保存義務を免除しているのであるから,右免除を受けられない事業者が結果的に仕入税額控除を受けられなくなったとしても,それが当該事業者の財産権を侵害するものではないことは明らかである。

(三) 本件では,そもそも仲間取引以外の仕入取引に係る消費税額が真実存在したか否かは明らかでない」。

 

〈判旨〉請求棄却

「一 法定帳簿の意義について

1 (一)法三〇条一項は,事業者の仕入れに係る消費税額の控除を規定するが,右規定は,法六条により非課税とされるものを除き,国内において事業者が行った資産の譲渡等」「に対して,広く消費税を課税する(法四条一項)結

果,取引の各段階で課税されて税負担が累積することを防止するため,前段階の取引に係る消費税額を控除することとしたものである。その際,課税仕入れに係る適正かつ正確な消費税額を把握するため,換言すれば真に課税仕入れが存在するかどうかを確認するために,同条七項は,同条一項による仕入税額控除の適用要件として,当該課税期間の課税仕入れに係る帳簿等を保存することを要求している。また,令五〇条一項は,法三〇条一〇項の委任に基づいて,同条一項の規定の適用を受けようとする事業者について同条七項に規定する帳簿等を整理し,当該帳簿についてはその閉鎖の日の属する課税期間の末日の翌日から二か月を経過した日から七年間,これを納税地又はその取引に係る事務所,事業所その他これらに準ずるものの所在地に保存しなければならないと規定する。右のような法三〇条七項の趣旨及び令において帳簿の保存年限が税務当局において課税権限を行使しうる最長期限である七年間とされていること及び保存場所も納税地等に限られていることからすれば,法及び令は,課税仕入れに係る消費税額の調査,確認を行うための資料として帳簿等の保存を義務づけ,その保存を欠く課税仕入れに係る消費税額については仕入税額控除をしないこととしたものと解される。

(二) そして法三〇条八項が「前項に規定する帳簿とは,次に掲げる帳簿をいう。」と規定していることからすれば,同条七項で保存を要求されている帳簿とは同条八項に列記された事項が記載されたものを意味することは明らかであり,また,同条七項の趣旨からすれば,右記載は真実の記載であることが当然に要求されているというべきである。なお,法三〇条八項の記帳事項が単に一般的記帳義務の内容を規定するものにすぎないとすれば,法三〇条中に規定する理由はないというべきであるし,あえて再生資源卸売業等に関する記帳事項の特例(令四九条一項)を設け,法三〇条八項一号イのみの記帳省略を規定していることに照らしても,同項に規定する事項が仕入税額控除の要件として保存すべき法定帳簿の記載事項を規定していることは明らかというべきである。

(三) すなわち,法は,仕入税額控除の要件として保存すべき法定帳簿には,課税仕入れの年月日,課税仕入れに係る資産又は役務の内容及び支払対価の額とともに真実の仕入先の氏名又は名称を記載することを要求しているというべきである。」

2 これに対し原告は,法三〇条八項が,法五八条に基づく一般的記帳義務の記載内容を定めたものであると主張するが,以下の通りその論拠はいずれも失当である。

「(一) 法五八条及び令七一条の規定からすれば課税仕入れに関する一般的な記帳義務の内容は大蔵省令の定めによるとされているところ,規則二七条一項三号には「仕入れに係ろ対価の返還等」が課税仕入れに係る一般的記帳義務の内容として定められていることからすれば,右のみが課税仕入れに係る一般的記帳義務の内容と解するのが相当であって,法三〇条八項を法五八条に基づく一般的な記帳義務の記載内容を定めたものと解することはできないというべきである。

なお,直接納税義務の有無,範囲に影響することのないものとして政令及び省令に委任された一般的記帳義務における資産の譲渡等に関する記載事項が仕入税額控除の一要件たる法定帳簿における課税仕入れに関する記載事項として法律に規定されたものと同様であるとしても,そのことから,法律の規定による効果を政令又は省令の規定によるそれと同視すべき理由はないものというべきであり,また,法三〇条七項及び八項が一般的記帳義務とは別に規定されていることも,法形式上明らかである。

したがって,この点につき原告の主張として摘示した(1)ないし(3)の主張はいずれも採用することができない。

(二) 簡易課税制度は中小事業者の事務処理能力に配慮して,一定規模以下の中小事業者に対しては,その選択によって課税資産の譲渡等の対価の額のみから納付税額を計算するものであるが,法三七条一項は,仕入税額控除について「三〇条から前条(三六条)までの規定により課税標準額に対する消費税額から控除することができる課税仕入れ等の税額の合計額は,これらの規定にかかわらず,」課税標準額に対する消費税額に基づく金額の一定割合である旨を規定する。すなわち,右規定は,簡易課税制度の下においても,特に規定がない限りは,仕入税額控除に関する法三〇条から法三六条までの規定の適用があることを前提としながら,その要件,計算方法等についてはこれらの規定の適用によることなく,所定の方式で計算された課税仕入れ等の税額の合計額の控除を認めたものであることは文理上明らかである。そうすると,法三〇条七項及び八項が簡易課税制度を選択した事業者にも適用されることを前提とする原告の主張(4)は,その前提において採用することができない。

(三) 再生資源卸売業とは,空瓶,空缶等空容器卸売業,古紙卸売業等をいうが,右のような事業は,その通常の形態として,課税仕入れに係る相手方が一般の不特定かつ多数の消費者であり個々の取引の金額も少額であることから,個々の課税仕入れの相手方の氏名又は名称を帳簿に記載することを要求することが酷であるという事情を考慮して,帳簿に相手方の氏名又は名称を記載するのを省略できるとしたものと解される。とすれば,令四九条一項に規定する再生資源卸売業等とは,当該業種の通常の形態として,課税仕入れに係る相手方が不特定かつ多数の者であり取引の価格も少額である等,個々の取引の相手方の氏名又は名称を帳簿に記載することを要求することが酷であると認められるような業種をいうと解するべきである。

また,小売業等に関する特則についても,その取引の相手方が不特定多数の者であるのが通常の業態であるという当該事業の性質及び当該事業における取引の態様を考慮して,請求書等の交付を受ける事業者の氏名又は名称の記載を不要とした特別規定である。

したがって,原告の主張する現金問屋等についても,通常の業態が右と異なる事業者について,課税仕入れの相手方の氏名又は名称を記載した法定帳簿の保存を仕入税額控除の要件とすることが課税の公平を害し,前記解釈の合理性を揺るがすものではないというべきである。たしかに,再生資源卸売業等であっても特定仕入先からの課税仕入れがあることは想定されるが,大量,反復される租税行政において,一般的に想定される事業の性質,取引の態様によって事業者を区分し,その事業の性質,取引の態様に応じた課税措置を採ることをもって不当とすべきものではない。したがって,再生資源卸売業等に関する特例との対比から,法定帳簿における課税仕入れの相手方の氏名又は名称の真実性が仕入税額控除の要件とならないとする原告の主張(5)は採ることができない。

なお,課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿等の記載事項に関する経過措置(令附則一四条)については,経過措置という位置づけから明らかなように,新制度が導入された当初の不慣れによる混乱を防止する経過的措置として設けられたものに過ぎないから,既に右経過措置に定められた弾力的運営期間(平成元年九月三〇日まで)を過ぎた本件の各課税期間において,法三〇条七項,同条八項一号イを適用しても何ら不公平であるとはいえないことは明らかである。そして,貸倒れに係る消費税額の控除等(法三九条一項)は仕入税額控除とは異なる税額控除について定めたものであり,また,使途秘匿金課税制度(租税特別措置法六二条)は時限立法により政策的に設けられたものであって,それぞれ立法趣旨も異なるのであるから,その規定の仕方や税額控除の要件に違いがあるとしても,そのことから直ちに法三〇条八項の規定が仕入税額控除の要件規定でないと解すべきでないことは明らかである。

(四) さらに,原告は,課税仕入れの真否を調査確認するためにその相手方の真実の氏名又は名称が記載要件とされているのであれば,住所の記載も要件とされるはずであると主張する。確かに,適切な課税及び徴税に納税者の協力が不可欠であることはいうまでもないが,適切な課税及び徴税に有効であるからといって不利益な効果を伴わせて納税者にどこまでの協力を義務づけるかは,当該課税の対象に係る取引の実情,納税者の負担,課税庁における人的,物的な調査能力,一般的に収集が可能と想定される資料の内容等といった諸事情を考慮して決すべき立法問題である。したがって,課税仕入れの相手方の氏名又は名称に加えて住所,所在地をも記載させることは記載事項の真否を確認する上で便宜であることは否めないが,それを欠くが故に,帳簿に記載された課税仕入れの相手方の氏名又は名称が真実であるかどうかを確認することができないというものではなく,取引に際して交付を受ける納品書,請求書,領収書等又は納税者の協力を得るなど他の方法によって記載の真実性を確認することも可能であり,法三〇条八項も,事業者に過大な事務負担を強いることがないようにとの見地から住所の記載を要件としなかったに過ぎないというべきであるから,原告の主張は失当である。

二 法三〇条八項を法定文書の記載事項とすることと憲法との関係について

法三〇条七項は,課税仕入れに係る適正かつ正確な消費税額の把握が要求されることから真に課税仕入れに係る消費税が存在するかどうかを確認するため設けられた規定であって,右立法目的を達成するために仕入税額控除に係る帳簿等の保存を仕入税額控除の要件とすることも一つの合理的な方法というべきである。そして,課税仕入れに係る適正かつ正確な消費税額を把握する手段として,右以外のものも考えられなくはないが,課税仕入れに係る相手方の特定を求めることが少なくとも右立法目的に沿うものであることは明らかであり,再生資源卸売業等のように業態によって所定の帳簿記載が著しく困難であると想定される事業者については特例が設けられており,また,災害その他やむを得ない事情により法三〇条八項所定の事項を記載した法定帳簿の保存をすることができなかったことを当該事業者において証明した場合には,仕入税額控除が可能とされていること(法三〇条七項ただし書)に照らせば,法三〇条八項所定の事項を記載した法定帳簿の保存を義務づけるという方法も,右立法目的の達成のために必要かつ合理的なものということができる。

したがって,右特例に該当せず,右の証明もしなかった事業者が結果的に仕入税額控除を受けられなくなることがあるとしても,これをもって当該事業者の財産権を不当に侵害するものであるという原告の主張は当たらない。また,法定帳簿の記載事項のうち同条八項一号の「氏名又は名称」との規定が「真実の氏名又は名称」を意味することは前記のとおりであるが,これは同条項の趣旨から当然に含まれていると解される内容である。原告の主張するところは,真実の記載が不可能又は著しく困難であった場合の運用上の措置又は特例の拡張的取扱いの必要をいうものであるとしても,右規定が租税法律主義,課税要件明確主義の要請に反しないことは明らかである。

三 原告の事業の業態と法定帳簿の記帳について

1 原告は,原告の事業の実情に照らして,課税仕入れの相手方の真実の氏名又は名称を記載することが著しく困難であり,その真実性を確認する方途がない旨を主張する。

ところで,原告の仲間取引以外の取引においては,特定の取引先があるほか,原告が「全国薬局薬店名簿」から把握した薬局店,調剤薬局,大手の卸売問屋等の同業者に対して,定期的に数千枚から数万枚程度の枚数の買取のチラシを郵送して,その事業者から仕入れるという方法をとっている」「ことからすれば,不特定かつ多数の者が原告の課税仕入れの相手方として予定されていることが認められる。

しかしながら,原告の取扱商品は,医家向け医薬品であって,かかる医薬品の流通ルートに関与しない一般人が容易に入手,販売し得るものではないのであって,しかも,原告は薬事法の適用を受ける一般販売業者(卸売一般販売業。同法二六条一項)であるところ(乙第六号証),右一般販売業者が厚生大臣の指定する医薬品を譲り受けたときには,(1)品名,(2)数量,(3)製造番号又は記号番号,(4)譲渡又は販売若しくは授与の年月日,(5)譲渡人又は譲受人の氏名に係る事項を書面に記載し保存しなければならないとされていること(同法二七条,九条の二,薬事法施行規則二九条の三,一一条の四)に鑑みれば,薬品等の卸売一般販売業の通常の業態において,個々の取引の相手方を特定し,その氏名又は名称等を確認することが,不可能又は著しく困難であるとは考えられないこと,原告の第一九期事業年度に係る仕入れのうち仕入取引額の最少額のもので二二万七〇〇〇円であり,多額のものでは一〇八七万七〇〇〇円にのぼることが認められ(甲第六号証の一ないし六六,乙第二一号証),第一九期仕入伝票に記載された取引先の一年間の総数が五〇五件にすぎないことに鑑みると,仮に右記載が数件の取引をまとめて記載した可能性があるとしても,原告の課税仕入れについて相手方の氏名又は名称を確認してこれを記帳することが著しく困難であると認めることはできない。

これに対して,原告は,医薬品の現金卸売業においては仕入取引の相手方の氏名又は名称等を明らかにすると取引先が離れてしまうので氏名又は名称を確認することは困難である旨主張」する。「しかしながら,原告に対して医薬品を売却する者にとって,その入手経路,原告へ売却した事実自体を秘匿したい個別的な事情があるとしても,消費税に関する調査を行う職員(法六二条)は守秘義務を負担している(法六九条,国家公務員法一〇〇条,一〇九条三号)のであるから,これらの者に対してその氏名又は名称を秘匿する理由となるものではなく,右秘匿の目的が販売者の租税負担を回避,軽減することにあるとすれば,これをもって法定帳簿への記載を拒絶する合理的な理由と解することはできず,また,法定帳簿に真実の仕入先顧客の氏名又は名称を記載することによって,顧客がそれを行わない同業者へ商品を売却するようになるといった事情が想定されるとしても,かかる事態は改善されるべきものであって,右事情から顧客の真実の氏名又は名称を法定帳簿に記載しないことが,規範的意義を有する商慣習であったということはできないのである。

また,本件では,第一九期仕入伝票において,複数の課税仕入れの相手方から真実の氏名又は名称及びその住所が記載された配達票が付された宅配便を用いて課税仕入れに係る薬品が郵送されているにもかかわらず,右仕入伝票には当該相手方の氏名又は名称の記載はなく,かえって右仕入伝票に記載された相手方の氏名又は名称は五〇五件すべてが真実と異なることが明らかとなっており(乙第七号証,第一四ないし第二一号証),右各事実によれば,原告は,少なくとも右取引先に係る部分については真実の氏名又は名称が判明しているにもかかわらず,敢えて仮名を仕入伝票に記載していたことが認められる。そして,その他の部分についても,相手方の名乗る氏名を信頼して記載したとか,相応の注意を払って記載したことを推認させる事情は窺われず,かえって乙第二一号証によれば,第一九期仕入伝票の記載中,同一人とみられる同姓同名の取引先でありながら記載されている住所が全て異なる者が多数存在し同一の住所を再度記載した取引先が一つも存在しないこと,異なる氏名の相手方について同一の住所が記載されている複数の仕入伝票が存在することが認められ,前記のとおり,第一九期仕入伝票に記載された仕入先五〇五件についていずれも仮名であったこと,また,原告は,医薬品の現金卸売業の仕入取引の相手方には真実の氏名又は名称を名乗らずに取引を行う者が存在することを認識していたにもかかわらず,相手方の氏名又は名称を確認していなかったことが認められる(甲第二号証,第一三号証の一,証人E)ことに照らせば,第一九期仕入伝票及びこれに基づき作成された第一九期仕入帳について,課税仕入れの相手方の名乗る氏名又は名称を真実の氏名又は名称であると信じて帳簿等に記載し,かつそのように信じたことが相当であると解すべき事情を認めることはできない。

なお,第二〇期仕入伝票については,相手の氏名又は名称が仮名であるか否かの確認が行われていないが,前記事情に照らせば,第一九期仕入伝票と同様に仮名による記載がなされているものと推認されるところ,原告も第二〇期仕入伝票中に真実の氏名又は名称が記載されているものが含まれていることについて格段の反証を行っていない。そして,第二〇期仕入伝票及びこれに基づいて作成された第二〇期仕入帳についても,相手方の名乗る氏名又は名称を漫然と記載したのではなく,相応の注意を払って記載したと推認させる事情は窺われない。

したがって,原告の事業の実態に照らしても,原告の課税仕入れについて相手方の氏名又は名称を確認してこれを記帳することが著しく困難であると認めるには足りない。

2 以上によれば,本件仕入帳及び本件仕入伝票が法定帳簿に該当しないことは明らかであり,また,本件仕入伝票は,原告が作成したものであって,他の事業者が原告に交付したものではないから,法三〇条七項に規定された請求書等(同条九項一号)に該当するものでもない。

したがって,本件仕入帳及び本件仕入伝票は,いずれも法三〇条七項で保存が要求されている帳簿等に当たらず,原告には法三〇条一項の適用はないというべきである。

そして,右に認定した事実関係によれば,原告の事業の実態に照らして,原告の事業が,通常,一日に不特定かつ多数の者と取引を行い,取引の価格も少額であることが通常の取引形態である再生資源卸売業とは業態を異にすることは明らかというべきであり,また,課税仕入れの相手方の真実の氏名又は名称を記載した法定帳簿の保存をすることができなかったことにつき,やむを得ない事情がある場合には,法三〇条七項ただし書の適用が検討されるべきであるとしても,原告が法定帳簿の保存に代わる要件として,本件各課税期間における「やむを得ない事情」の証明をしたことについては,主張も立証もない。」