路地裏バーのからくり書庫(税法)

税法の論点・判例をつまみに,ウィスキーでも飲みながらどうぞ。

租税判例百選[第4版]37 ストックオプション課税―給与所得か一時所得か

最高裁平成17年1月25日判決・最高裁民事判例集59巻1号64頁)

 

〈事案の概要〉

Xは,米国に本社を置くA社の100パーセント子会社である日本法人B社の代表取締役である。A社は同社及びその子会社の役員らにA社のストックオプションを付与しており,Xは同制度に基づき付与されたストックオプションを行使して利益を得たため,当該利益は一時所得として申告した。しかし,税務署長Yは給与所得として増額更正処分を行ったため,Xは同処分の取消を求めて出訴した。

 

 

〈納税者の主張〉

本件の権利行使益は,給与所得の要件である対価性も雇用類似要件も満たさないものであり,株価の値上がりにより生じる所得であるが,「株価が金利,為替,株価格付け,国際情勢等の,一時的かつ偶発的に変動する要因により形成されるものであって,非常に不確実なものであることからすれば」,一時所得に該当する。

 

〈税務署長の主張〉

「ストック・オプション付与契約は,従業員等とその勤務先との雇用契約等に従属する従たる契約であって,権利行使時における当該株式の時価と権利行使価格との差額に相当する経済的利益を,従業員等の勤務先における労務の対価として取得させる趣旨のものであり,売買(株式譲渡)の一方の予約に類似する契約に,予約完結県の譲渡禁止の約定や,勤務先における一定期間の勤務等の停止条件が付されたものということができる。

 そして,被付与者である従業員等が予約完結権を行使することにより,株式譲渡契約が成立して株式引渡請求権が発生し,付与会社が行使時の時価より低額な権利行使価格による株式引渡義務を負うことにより,従業員等に経済的な利益が与えられるが,従業員等は,権利行使をしない限り,具体的な利益を得ることはできない。」

「被付与者は,予約完結権の行使によって,付与会社に対する株式引渡請求権を取得して権利行使益を得ることができるが,予約完結権を行使しない限り,何らの利益を得ることもできない。

 そして,ストック・オプション付与契約は,将来における権利行使価格による株式譲渡の合意であり,ストック・オプション自体は,これを行使して付与会社から株式を取得することにより権利行使益という所得を生み出す手段としての性質を有するにすぎない。

 このように,ストック・オプションの被付与者が得る経済的利得は,予約完結権を行使して株式引渡請求権を取得したことにより実現する権利行使益であり,予約完結権の行使によって初めて所得が実現し,法的にも当該利得を収受すべき権利が確定するから,その時点が課税時期となる。」

「給与所得該当性が認められるかどうかは,非独立的労働ないし従属的労働の対価といえるかどうかが重要であるところ,」「従業員等が受ける給付は,それが従業員等の地位に基づくものである限り,広い意味で,勤務の対価としての性質を有することから,広く給与所得に該当することになる」。「自社株式のストック・オプション付与契約は,」「従業員等とその勤務先会社との雇用契約等を不可欠の前提として締結される契約であって,従業員等にストック・オプションの権利行使益をを労務の対価として取得させるためのものであるから,従業員等の地位に基づいて付与された上記権利行使益は,労務の対価としての性質を有し,給与所得に該当することになる。」

 

〈第一審判決(東京地裁平成15年8月26日判決)〉請求認容

所得税法28条1項に規定する給与所得,すなわち「俸給,給料,賃金,歳費

及び賞与並びにこれらの性質を有する給与にかかる所得」とは,雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうものであり,給与所得に該当するか否かの判断に当たっては,給与支給者との関係において何らかの空間的,時間的な拘束を受け,継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり,その対価として支給されるものであるかが重視されるべきであると解される(前掲最高裁判所昭和56年4月24日第二小法廷判決)。

 そこで,上記のような考え方に沿って,本件権利行使益が,雇用契約又は

これに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付に当たるか否かを具体的に検討することとする。」

「ストック・オプションを付与する旨の契約は,当然のことながら,それによって従業員等に対して直ちに具体的な権利行使益の発生までを約束するものではなく,実際にストック・オプションを行使することによって当該株式の時価と権利行使価格との差額に相当する含み益が発生するか否かは,当該株式の時価が権利行使価格を上回るか否かによって決定されるものであり,また,具体的にどれだけの額に相当する権利行使益が発生するかは,当該株式の時価が権利行使価格をどの程度上回るかによって定まるものである。

 そのため,従業員等は,付与会社からストック・オプションを付与されたとしても,その後,権利行使が可能となった時点以降において客観的に当該株式の時価が権利行使価格を上回ることがなければ,実際に経済的利益を享受することはできないし,客観的にはそのような状況が生じたとしても,従業員等自身がさらなる株価の上昇を期待して権利行使の時期を逸した場合には,同様の結果となるものである。

 そして,このようなストック・オプションの権利行使による経済的利益の発生の有無及び具体的な利益の額を左右する株式の時価は,当該企業の業績のみならず,企業の将来の収益力,金利,為替,国内外の景気の動向,政治や社会の情勢,投資家の動きなど,多様な要因に基づいて形成されるものであって,多分に偶発的な要素にも左右されるものであり,かつ,絶えず変動するものである」。

 これに対し,本件ストック・オプションは,「ストック・オプションを付与された従業員等が子会社に提供する労務等と親会社の業績との間は,これを集団的に観察したようなときには一定の関係が存する場合があることは否定できないものの,株価に影響を与える親会社の業績と個々の従業員等の子会社に対する労務の提供との関係という面でみれば,その関係は著しく間接的かつ希薄化されたものであるのが通常であって,個々の従業員等の子会社に対する労務の提供を,前述の諸要因と同様に,親会社の株式の時価を形成する要因の一つとしてあげることは困難である。

 そこで,ストック・オプションの権利を行使する者は,このように,株価が多様な要因に基づいて変動することを前提として,株価の動向を予測しながら,自らの判断において,権利行使の時期を選択し,実行するのが一般的であると考えられる。そのため,仮に付与会社から同一内容のストック・オプションを与えられたとしても,これを行使して得られる現実の権利行使益は,これを行使する者ごとに異なるものであり,個々の具体的な権利行使益発生の有無及び享受する権利行使益の額は,前述のとおりの多様な諸要因によってその時々に形成された株式の時価及び行使者自身の判断による権利行使の時期という,多分に偶発的,一時的な要因によって定まるものである。」

「原告に生じた本件権利行使益は,」「その具体的な経済的利益の額が上記のような諸要因によって形成された株式の時価の変動と原告自身の権利行使の時期に関する判断とに大きく基因するものであ」り,A社から「原告に対して与えられた経済的利益であると評価することは,相当でないというべきである。」

 

控訴審判決(東京高裁平成16年2月19日判決)〉控訴認容

所得税法28条1項は,「給与所得とは,俸給,給料,賃金,歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条において『給与等』という。)に係る所得をいう。」と規定しており,具体的に列挙された俸給等のほかに,「これらの性質を有する給与」をその名称にかかわらず給与所得に含め,課税上,同一の取扱いをすることとしている。そして,列挙された俸給等は,通常,雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうものであることや,事業所得等他の所得分類との相違点等も勘案すると,最高裁昭和56年判決が判示するとおり,給与所得とは,雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうものと解すべきであり,ある給付が給与所得に該当するか否かの判断に当たっては,給与支給者との関係において何らかの空間的,時間的な拘束を受け,継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり,その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。」

「ストック・オプションにおける権利行使益の発生の有無及び額の不確定性に照らすと,そもそも権利行使益が付与会社から受ける給付といえるのかという点がまず問題となり得る」ところ,「ストック・オプションの行使による付与会社から被付与者に対する経済的利益の移転は,付与会社が被付与者との間においてストック・オプション付与契約を締結したからこそ発生したものであり,付与会社は,付与契約の当然の内容として,被付与者が権利行使をした場合には,その時点で被付与者に対してそのような経済的利益を権利行使益として取得させることを了解していたものということができる。

 確かに,権利行使益の発生の有無及び額は,ストック・オプション付与後の株価の変動と被付与者の権利行使時期についての判断によって左右されるが,それは,付与契約によって具体的に合意された権利行使の条件,期間,権利行使価格等によって定まる範囲内においてのことであり,そのような範囲内で具体的に確定した権利行使益を被付与者が取得することは,正に,付与会社が付与契約において権利行使時点における株価と権利行使価格との差額相当の経済的利益を被付与者に移転する旨を合意したことの結果であるということができる。ストック・オプションが行使されて株式譲渡契約が成立した時点の法律関係をみれば,それは,会社がその従業員との間で労務提供の対価として株式を時価より低額で譲渡する旨の契約(本契約)を成立させ,それによって給与の支払があったとされる場合の法律関係と同じであり,譲渡契約が被付与者による予約完結権行使によって成立したものであることやストック・オプションの付与時から権利行使時までの間に株価が変動したことによって,付与会社が権利行使時点における株価と権利行使益との差額相当の経済的利益を被付与者に移転するということに変わりはないのである。」

「このような法律関係は,自社株方式のストック・オプションの場合でも本件のような親会社株方式のストック・オプションの場合でも基本的に同一であり,後者は,親会社から子会社の従業員等に対して権利行使時における親会社株式の時価と権利行使価格との差額相当の経済的利益を権利行使益として移転することになるものである。」

「そうすると,ストック・オプションの権利行使益は,被付与者が付与会社から受ける給付に当たるというべきであり,本件権利行使益は,被控訴人が米国B社から受けた給付に当たるということができる。」

 

最高裁判決(最高裁平成17年1月25日判決・民集59巻1号64頁)〉上告棄却

「前記事実関係によれば,本件ストックオプション制度に基づき付与されたストックオプションについては,被付与者の生存中は,その者のみがこれを行使することができ,その権利を譲渡し,又は移転することはできないものとされているというのであり,被付与者は,これを行使することによって,初めて経済的な利益を受けることができるものとされているということができる。そうであるとすれば,E社は,上告人に対し,本件付与契約により本件ストックオプションを付与し,その約定に従って所定の権利行使価格で株式を取得させたことによって,本件権利行使益を得させたものであるということができるから,本件権利行使益は,E社から上告人に与えられた給付に当たるものというべきである。本件権利行使益の発生及びその金額がE社の株価の動向と権利行使時期に関する上告人の判断に左右されたものであるとしても,そのことを理由として,本件権利行使益がE社から

上告人に与えられた給付に当たることを否定することはできない。

 ところで,本件権利行使益は,上告人が代表取締役であったD社からではなくE社から与えられたものである。しかしながら,前記事実関係によれば,E社は,D社の発行済み株式の100%を有している親会社であるというのであるから,E社は,D社の役員の人事権等の実権を握ってこれを支配しているものとみることができるのであって,上告人は,E社の統括の下にD社の代表取締役としての職務を遂行していたものということができる。そして,前記事実関係によれば,本件ストックオプション制度は,Hの一定の執行役員及び主要な従業員に対する精勤の動機付けとすることなどを企図して設けられているものであり,E社は,上告人が上記のとおり職務を遂行しているからこそ,本件ストックオプション制度に基づき上告人との間で本件付与契約を締結して上告人に対して本件ストックオプションを付与したものであって,本件権利行使益が上告人が上記のとおり職務を遂行したことに対する対価としての性質を有する経済的利益であることは明らかというべきである。

そうであるとすれば,本件権利行使益は,雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的な労務の対価として給付されたものとして,所得税法28条1項所定の給与所得に当たるというべきである。所論引用の判例は本件に適切でない。

 そうすると,本件権利行使益が給与所得に当たるとしてされた本件各更正は,適法というべきである。

 4 以上と同旨の原審の判断は,是認することができる。原判決に所論の違法は

なく,論旨は採用することができない。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」