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租税判例百選[第4版]27 所得税法56条の適用範囲―弁護士夫婦事件

〈事案の概要〉

Xは弁護士であり,生計を一にする配偶者Aも弁護士である。AはXの事業に従事した労務の対価として弁護士報酬の支払いを受け,Xはこの弁護士報酬の支払いについて所得税源泉徴収して確定申告を行ったところ,税務署長Yはこれを必要経費として認めなかった。

 

最高裁平成16年11月2日判決・集民215号517頁)

 

 

〈納税者の主張〉

所得税法56条は,生計を一にする親族間で対価が支払われる場合に,支払われた対価をそのまま必要経費として認めると,その所得を家族に恣意的に分散して不当に税負担の軽減を図るおそれが生じることから,そのような方法での税負担の回避を防止するために設けられた規定である。」

「自らが独立した事業主として他方親族とは別に事業を営む者が,他方親族に従属することなく,共同でその親族の事業に従事する場合には,一方親族と他方親族とでそれぞれ収支が区別され,当該事業に対する適正な対価を設定することができ,それぞれが自己の事業について所得申告することを前提にして,所得の基因となる取引について正確かつ継続的に帳簿を付けているのであるから,一方親族の所得を他方親族に恣意的に分散して不当に税負担の軽減を図ることは困難である。また,双方が独立した事業主としてそれぞれ所得申告するのであるから,各所得計算において所得税法45条1項1号により必要経費から家計関連費用が除かれ,事業と家計とが明確に区別されているから,生活維持費用が対価として混入するおそれもない。

したがって,所得税法56条の適用要件のうち,[1]『居住者と生計を一にする配偶者その他の親族』には,Aのように自ら事業主として『居住者』と別に独立して事業に従事する者は含まれないと解すべきである。また,[2]『その居住者の営む事業所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由』には,Aのように自ら独立した事業主である当該親族が,『居住者』の事業に従事したことを含まないと解すべきである。」

 

〈税務署長の主張〉

所得税法56条が適用される要件は,支払の対象者が『居住者と生計を一にする配偶者その他の親族』であること,及び支払の事由が『その居住者の営む不動産所得,事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合』であることの二つである。Aが原告の配偶者であって原告と生計を一にする者であること,及び本件弁護士報酬が原告の営む弁護士業にAが従事したことにより原告の事業からAが支払いを受けた対価であることは,当事者間に争いがないのであるから,原告の事業所得の計算上,本件弁護士報酬の支払いにつき,同条が適用されるのは当然である。」

 

〈第一審判決(東京地裁平成15年6月27日判決)〉請求棄却

所得税法56条が適用される要件は,同条の規定によると,[1]支払の対象者が『居住者と生計を一にする配偶者その他の親族』であること及び[2]支払の事由が『その居住者の営む不動産所得,事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合』であることの二つであることが,その文理上一義的に明らかである。その者の営む事業の形態がいかなるものか,事業から対価の支払を受けるその者の親族がその事業に従属的に従事しているか否か,対価の支払はどのような事由によりされたのか,対価の額が妥当なものであるか否かなどといった個別の事情によって,同条の適用が左右されることをうかがわせる定めは,同条及び同法の他の条項に全く存在しない。したがって,前記の二つの要件が備わっている限り,このような個別の事情のいかんにかかわりなく,同条が適用されると解すべきである。」

 

控訴審判決(東京高裁平成15年10月15日判決)〉控訴棄却

所得税法56条が適用される要件は,[1]所得ないし対価の支払の対象者が『居住者と生計を一にする配偶者その他の親族』であること及び[2]その支払の事由が『その居住者の営む不動産所得,事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合』であることの二つであることは,その規定自体に照らし,明らかである。」

上記[1]の要件が存することに疑問の余地はなく,上記[2]の要件は,「事業の一員として参加するとか,あるいは事業者に雇用され従業員として労務を提供する等従たる立場で当該事業に関係し,ないしそのような従属的な立場で当該事業に関係する場合に限定されると解すべき根拠は,規定の文言上何ら見当たらないのみならず」,上記[2]の要件が適用されないと解すべき合理的な事情も存しない。

 

最高裁判決(最高裁平成16年11月2日判決・集民215号517頁)〉上告棄却

所得税法56条は,事業を営む居住者と密接な関係にある者がその事業に関して対価の支払を受ける場合にこれを居住者の事業所得等の金額の計算上必要経費にそのまま算入することを認めると,納税者間における税負担の不均衡をもたらすおそれがあるなどのため,居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む事業所得等を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には,その対価に相当する金額は,その居住者の当該事業に係る事業所得等の金額の計算上,必要経費に算入しないものとした上で,これに伴い,その親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は,その居住者の当該事業に係る事業所得等の金額の計算上,必要経費に算入することとするなどの措置を定めている。

「同法56条の上記の趣旨及びその文言に照らせば,【要旨1】居住者と生計を一にする配偶者その他の親族が居住者と別に事業を営む場合であっても,そのことを理由に同条の適用を否定することはできず,同条の要件を満たす限りその適用があるというべきである。

 同法56条の上記の立法目的は正当であり,同条が上記のとおり要件を定めているのは,適用の対象を明確にし,簡便な税務処理を可能にするためであって,上記の立法目的との関連で不合理であるとはいえない。このことに,同条が前記の必要経費算入等の措置を定めていることを併せて考えれば,同条の合理性を否定することはできないものというべきである。他方,同法57条1項は,青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者と生計を一にする配偶者その他の親族で専らその居住者の営む前記の事業に従事するものが当該事業から給与の支払を受けた場合には,所定の要件を満たすときに限り,政令の定める状況に照らしその労務の対価として相当であると認められるものの限度で,その居住者のその給与の支給に係る年分の当該事業に係る事業所得等の金額の計算上,必要経費に算入するなどの措置を規定し,同条3項は,上記以外の居住者に関しても,同人と生計を一にする配偶者その他の親族で専らその事業に従事するものがいる場合について一定の金額の必要経費への算入を認めている。これは,同法56条が上記のとおり定めていることを前提に,個人で事業を営む者と法人組織で事業を営む者との間で税負担が不均衡とならないようにすることなどを考慮して設けられた規定である。

同法57条の上記の趣旨及び内容に照らせば,同法が57条の定める場合に限って56条の例外を認めていることについては,それが著しく不合理であることが明らかであるとはいえない。

 以上によれば,【要旨2】本件各処分は,同法56条の適用を誤ったものではなく,憲法14条1項に違反するものではない。このことは,当裁判所の判例最高裁昭和55年(行ツ)第15号同60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁)の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。」